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空から届ける、命と安全を守る声

近年驚異的な発達と、社会への浸透を見せるドローン技術。
画像撮影・録音だけでなく、農業や林業・建設業などでもその活躍は目覚ましいものとなっています。

TOAでもドローン×音のプロジェクトが推進されています。
2021年1月にドローンを活用した実証実験を開始。コロナウィルスの蔓延が続く中で、兵庫県神戸市の中心部 三宮にある生田神社会館の屋上からフライト。
街ゆく人々に、ドローンに搭載されたスピーカーより、「不要不急の外出は控えましょう」という呼びかけを行いました。

一体どこから鳴っているのか、上空から届くアナウンスの声に足を止めて不思議そうに空を見上げる人が多く見られました。
人混みや喧騒の中でも地上にドローンから拡声された音が届くことが立証されたのです。

このドローンを活用したプロジェクトは、神戸市の発案によるものでした。
神戸市では、2019年から地震や洪水、大雪などの自然災害の際に、上空を飛ぶドローンから地上に向けて、情報発信や被災者に向けた避難誘導などを進めていました。
今回は、神戸市の計画にTOAが関わるようになったきっかけにはじまり、現在にいたるまで、開発・試験の物語についてTOAの企画・技術を担当するメンバーに詳しく伺いました。

神戸三宮 生田神社にて実施されたスピーカー搭載ドローン実証実験



白羽の矢が立ったTOA

藤田:もともとこのプロジェクトは、神戸市と、ITインフラ事業と共にドローン運用も展開する日本コンピューターネット株式会社(以降:NCN)の2社で行われていたものでした。しかし、当初はドローンにスピーカーを搭載して音を鳴らすのに難航されていたそうです。
その一方で、TOAと神戸市は、災害に強い街づくりに向けて、より聴き取りやすい防災行政無線の整備を進めており、こうしたご縁もあって屋外放送をはじめとした音づくりの技術・ノウハウがある私たちに、ドローンに搭載するためのスピーカーの開発・実装の相談がきたわけです。

前田:こうして私たちがプロジェクトに参画し始めたのが2019年7月。ご相談をいただいたばかりの頃、当時のスピーカー搭載ドローンのフライトを見たのですが、確かに地上まで音が届いていませんでした。
そこで「ドローンにスピーカーは搭載可能か」とTOAの社内で検討したところ、「私たちのもつ音づくりの技術があれば、問題なく実装ができるだろう」と意見が一致したので、プロジェクトへの参画を決めました。

松元:当初のドローンに搭載されたスピーカーは、どのようなものが使われていたかはわからないのですが、形状から推測すると圧電式スピーカーを使っているようでした。ドローンの高度はおよそ100m。TOAは屋外の防災行政無線のスピーカーで約800m先に音を届ける技術をしっかりと確立していますから、それを応用すればプロジェクトもスムーズに進むのではないかと考えました。

高橋:特にその当時、TOAでは新商品のIPホーンスピーカーを発売したばかりで、小型ながらアンプが内蔵され音量も十分な商品でしたので「これを使おう」とすぐに決まりました。
そこでNCNからドローンをお借りして、実際にIPホーンスピーカーを搭載して実験したのですが、そこで思わぬ問題が発生したんです。

製品選定はスムーズ。しかし、意外な問題が

前田:スピーカーを搭載したドローンをはじめてフライトさせ、音域・音量のテストのためにテスト音を流したのですが、上空に到達した瞬間、スピーカーの音が止まってしまったんです。原因として考えられたのは、電源の問題。この時はドローン本体からアンプへ電力を供給していたのですが、ドローンとの電力使用の兼ね合いなのか、上空に行くと止まってしまうんです。そこで、スピーカーシステム専用の電源を設けてこれを解消したのですが、今度は別の事態が起こりました。

松元:次に起こったのも、搭載したスピーカーの音が止まってしまうというものだったのですが、今回は原因が違いました。フライトテストで上空に行くと音が止まり、高度を下げるとまた鳴りだすのです。いくつか検証をしたところ、搭載していた電池が上空の低気温に晒されたために保護モードになっていました。この保護モードは、充電時に電池を保護するものなのでフライト時は不要と判断し、回路を切る処理をしたところ問題は解消しました。しかし、このほかにもスピーカーの角度や重さなど、細かな問題はたくさんありました。
当初はスムーズなプロジェクトだと思っていましたが、こうした障害に当たるようになって「一筋縄ではいかないぞ」、と改めて開発への意欲を強くしました。

市街地で行われた試験で得られた確かな手応え


高橋:
こうした問題を解決していくうちに、防災行政無線のように地上で使われるスピーカーと、ドローンによって空から拡声するスピーカーの違いが徐々に見えてくるようになりました。スピーカーを地上で使用する場合、市街地などではビルなどに音が反射して聴こえづらくなったり、沿岸部であれば風に流されて音が聴こえづらくなったりと、実はくまなく音を届けるというのは非常に難しいことなんです。そのためスピーカーを設置する場所や台数を計算し、地形に合わせた音圧シミュレーションを繰り返していくのですが、ドローンの場合は上空から下方向に音を拡声し、しかもドローン自体が移動可能なので、そうした緻密なシミュレーションはほとんどいらないんです。

地上設置のスピーカー:市街地ではビルに音が反射して聴こえづらくなる・沿岸部では風に音が流されるため、設置場所やスピーカーの台数、音圧等を細かく計算している
スピーカー搭載ドローン:上空から下方向に音を拡声する場合、音を遮る障害物が少なく、W数の小さなスピーカーでもしっかりと音を届けることができる

前田:スピーカー自体も、重量の関係から軽く小さいものしかドローンに搭載できないのですが、それで十分でした。出力に関しても、防災行政無線で使用するスピーカーは、数百Wのものが多いのですが、現在ドローンに搭載しているのは十数W程度。これはショッピングセンターの駐車場などでアナウンスに使われるスピーカーとほぼ同じです。実際に試した時は、「小さな出力でも上空から障害物のない状態であれば、ここまで音が聴こえやすいのか」と驚きました。

松元:しかも出力が小さいので、電池からの電力供給だけで長時間にわたって音を流し続けることもできます。現在搭載している電池であれば、1時間ほどなら全く支障なくスピーカーを使い続けられます。これは現状のドローンのフライト数に換算すると3回分ほどになりますね。

藤田:こうした試行錯誤と新しい発見の中で、スピーカー搭載ドローンは形になっていきました。その後、神戸市内でテストとしてコロナワクチンの接種開始などを呼びかけるアナウンスをしたのですが、街の喧騒の中でもしっかりと声を届かせることができました。

前田:しかし、あのドローンからの音が届く感覚というのは不思議ですよね。音の発生源が見えないのに、上空から声だけが降ってくるんですから。これから、神戸市内をはじめいろいろなところで、スピーカー搭載ドローンが導入されていくと思いますが、初めて体験した人はびっくりするでしょうね。

生田神社からのフライト映像(イヤホンでお聴きください)


空を飛ぶスピーカーと地上用の放送設備はお互いを補完し合うことができる


前田:
このスピーカー搭載ドローンのリリースは、大きな意味をもつと感じています。
TOAではこれまで、屋外向けの防災行政無線のスピーカーや、屋内向けの非常用放送設備など、緊急時に危険をしらせるための放送設備を数多く開発してきました。こうした中で屋内向けのスピーカーであれば、緊急事態が発生している部屋や階層ごとに異なった誘導や状況の説明ができるのですが、屋外のスピーカーでは広域に一斉に音声を伝えることしかできませんでした。
スピーカー搭載ドローンが登場すれば、屋外であっても任意の場所に移動してピンポイントに声が届けられるわけですから、この悩みも解決します。
ドローンは空に、スピーカーを設置するためのもう一つの天井を与えてくれるのです。

藤田:さらに将来的には、ドローンにスピーカーだけでなくカメラも取り付けることができれば、屋外向けのスピーカーがない場所でも災害の度合いや遭難者や被災者の状況に応じて声を届けることができます。例えば、山奥や海上、水害で孤立してしまった場所、地震などで屋外のスピーカーが使用不可能になった場合でも活躍できます。

高橋:スピーカー搭載ドローンというのは、「間を埋める」存在になると思うんです。
防災のためのアラートで言えば、最も広域に一斉に音を伝えるのが防災行政無線。最も小さいものが、個人の持つ携帯電話のアラートです。スピーカー搭載ドローンはその中間で、広域ではないものの一定のエリアの人々に、声で危険を知らせることができる。それぞれの方法を駆使することで、今まで以上に多くの人の命を守れる仕組みができていくと思いますね。


災害時以外にも、さらに広がる可能性


松元:今回のスピーカー搭載ドローンは災害時や緊急時を想定して使われたものですが、もちろんそれ以外の場所や状況でも役立つのではないでしょうか。例えば、イベント会場にドローンを上げておいて、告知や誘導指示を行うこともできますし、重要施設の巡回警備にも活躍していくでしょう。また建設現場や林業・高速道路などの点検時にも、ドローンだけ飛ばしていると不審に思われることもあるため、あえて「点検中です」などの音声が求められているんです。人命の保護や緊急事態への対応という面でも、これまで音を届けることができなかった海上や洪水や大雪でインフラが断絶してしまった被災地、あるいは山岳部の集落での人々の見守りまで、その活躍の可能性はさらに広がっていくはずです。

高橋:そうして活躍の幅が広がっていくと、当然機能の要求も多くなってくるでしょう。あらかじめセットしておいた音声を流す、状況によって音源や音量・音質を切り替える、センシングや遠隔操作と合成音声で、臨機応変な対応をするなど、音の伝え方だけでも、まだまだ進化の余地はあるはずです。

前田:音を流すだけでなく、音を拾えるようにするというのも考えられますね。スピーカーからの音に対して、人々がどんな反応を返すのかが画像と音声でわかるのは大切です。これは災害時でも同じで、被災者の助けを求める声や、状況を伝える声をドローンが拾うことができれば、命を救い安全を守るための施策の幅も広がるはずです。

藤田:まだ生まれたばかりのスピーカー搭載ドローンですから、今後の可能性・伸びしろがあるはずです。これからも、私たちはこのプロジェクトで、より安全で快適、多彩な空と地上のコミュニケーションのあり方を追求していきます。